« 贈物がしたかったんだ… | トップページ | 最近ボクのオキニイリ~ »

想像力が足りない

「想像力が足らん!」中学3年の担任がよくワタシ達に言ってたコトバです。

もちろん、中3生の我々がスナオに彼のコトバに聞き入ってたわけもなく、不平不満無視のなか、彼はいつもワタシ達に話し続けた。

たくさんの彼の言葉の中、ワタシに大きな影響を与えたのは、彼が学級通信に書いたコトバだった。

「ドラえ●んは来ない、ウル●ラマンも、鉄●28号もいくら呼んでも来ない。どんなに苦しくても、ヒーローは誰も助けには来ない」

自分で苦境を乗り越えようとしなければ、他の誰も助けようがない。アカンボのようにダッコしていくことはできない。ただ、壁を乗り越えたとき、”自分からの賞賛”はお前のものだ。

苦しいときも楽しいときも想像力を使えと言われた。苦しいときはそのアトの楽しさを、楽しいときは、その影に他の誰かの努力と応援を想像してみろと。

当時、ワタシがボランティアに参加してると知った彼に、「どれだけ自分が助けられて存在してるか知るいい経験だ」と言われた。

「助けられてる?」助けるのマチガイじゃないの?想像力が足りなかったのである。

その疑問は間もなく解けてしまった。

「自分ヒトリには何もできない」と知る。それがボランティアなのだろうと思う。

一生懸命進もうとすればするほど、思わぬところから横槍が入る。進まぬ活動に場の雰囲気が沈滞する。内部批判が起きる。それを煽る外部批判も起きる。そして更に活動は進まない。その間も、支援を待つヒトがいるというのに…

何もできない…学校の成績表はなんの役にも立たない。

自分が命を守られて育ったコトも、健康な身体も、飢えた経験がないコトも、自分の所有するものですらが、自分のチカラによるものではないことを思い知る。

「誰かを助けてあげたい」「誰かの力になりたい」若い未熟なその想いは、あっという間に頓挫した。

 

トシをとり、自分の父・義父の介護、育児を経て長い時間がたった。

自分のコドモ達を取り巻く環境がなんと恵まれているかを感じるとき、未だ飢餓や紛争のために命を危険にさらされている子供達が現存する事実との違いに、人間が無力であことを知らされる。

どうしてなんだろう、彼らがあの地に生まれてきたのは、彼らの責任ではない。

ワタシのコドモが、恵まれた環境にいるのは、彼らの努力によるものではない。

  

ワタシヒトリでは何もしてはあげられない、でも、少しだけ。できることを少しずつ…

想像してみた。みんなが千円ずつ毎月送金できたら… ほんの少しの間でも見知らぬ子やその母親の助けになるのかも、それともどこかで支援を求めるワンコ達に…。これならできるかも…?

例えば、ユニセフにはマンスリーサポートというのがあります。毎月2千円を援助すれば、「年間で105人分の文房具一式または、ビタミンAカプセル5000人分を送れる」そうです。

想像してみて下さい。クレジットカードの請求額が毎月1000円増えたら、毎年地球のどこかで50人の子供の喜ぶ顔が作れるかもしれない。

自分のうちに子供達がお礼を言いに来てはくれない。でもね、想像できるでしょ。新しいノートや鉛筆に喜ぶ顔。ノート抱いて寝てくれるかも?

アト40年生きたとしてずっと続けられたら…そしたら2000人にノートが贈れるかもしれない!ちょっとスゴイかも、でしょ!ぽちの小学校の3つ分より多いよ!ほんの小さなことかもしれないケド、でも…

見えなくてもどこかで誰かが喜んでくれたかも知れない、その想像力で持続していく。小さいコトでも、倦まず弛まず焦らず休まず…

自分ひとりではできない。自分自身が多くのヒトに守られてるからこそできる。

「続けることができること」に感謝して続ける、きっとそれがボランティアなんだと思う。

  

阪神大震災で新潟の震災で日本海沿岸の水害で、広島のドッグぱーくで「誰かのために」行動できたヒト、できなかったヒト、しなかったヒトも、助けてもらった側のヒトもみんな…。

「これからも続けていけると思う」そのキモチが、まだまだ日本中で世界中でいろんなカタチで、みんなの気持ちが必要です。

少しずつ、できることを、どこかで続けてやってみませんか?

|

« 贈物がしたかったんだ… | トップページ | 最近ボクのオキニイリ~ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 贈物がしたかったんだ… | トップページ | 最近ボクのオキニイリ~ »